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私の告白と祈り
ある人の影が、いつも私のこころにつきまとっている。
影だから、いつもついてくる。



私はその人と自分がだいぶ似ていると思う。
周囲の友人たちも、そう云う。

もちろん、似ているところもあれば似ていないところもある。
何が「似ている」と思わせるのか、ということも知っている。


その相手は、ほとんど似ていないと否定してきた。
でもその否定のしかたがまた、私と似ている。
そのひとに自分自身を見ていたことを差し引いても。




ある時、そのひとは遠くへ行ってしまった。
私はそのひとと会話することもできず、自分のなかにあるそのひとの影がたえずうろうろしているのを見ていた。

ときどき、自分がその影に呑み込まれそうになった。
あやうく自分が影になるところだった。




「実体」のほう___その人のほうは、もう自分の世界で楽しそうにしていた。
ちょっと恨めしく思った。
その人は自分は約束は破らないといいながら、いくつか破ったから(そしてそのことに気付いていない。自分の言行が一致していないということに気付いていない)。

でも、もうそのことは赦さないと。
そのことに執着している自分を赦さないと。
その人の幸せを羨む自分を赦さないと。

いつまでも、そこに居続けることはできない。
そこから、軽やかに立ち去るだけ。





その人が私に望んでいることは、私が幸せになることだ。
それはその人からの愛だ。

私は自分自身が幸せになることで、その愛を本当に受け取る。
そして、自分自身が幸せになることで、その人を幸せにし、愛する。

そして、私はその人の幸せを祝福する。








ひとりで立てますように。
樹々が自分自身でたっているように、何にも寄りかからずに、ただ、そこに立てますように。

自然であれますように。
自ずと然るべき自分になっていくことを、喜んで受け入れられますように。


愛するひとたちと共にあれますように。
幸せを分かち合えるような、あるいはお互いがお互いの幸せの源泉であるような、そんな関係を築けますように。



何度も何度も同じところを行ったり来たりすることもあるけれど、それでも私は成長している。毎日毎日、少しずつ。


トラウマのせいにしない。
トラウマは、過去を見つめ、向き合うことでなくなる。

何かに傷ついたとしても、次に起こることは別の何かだ。
どうして傷ついたのか気付いているなら、次からは何かが変わる。





誰かを愛したとして、その愛が受け入れられなかったとして、もしあなたが傷付くならば、こう質問してみたらいい。

「なぜ、あなたは傷ついているのだろう?」


愛は、相手のこころを所有するためのものではない。





誰かを愛するということは、素晴らしいことだと思う。
何度も心を痛めて、もう愛することをやめようと思ったりしても、愛することはやめられない。愛があるから別れの苦しみがあるのだとしても。


誰かを愛する気持ちは、尽きることがない。
愛を出し惜しみしないこと。
それから、見返りを期待しないこと
(もしかしたら、素敵なパートナーと出逢うかもしれないけど。そうなったら嬉しいね)。





幸せでありますように。
こころから幸せでありますように。
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