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毎日が誕生日
ここ数年、自分の誕生日はいつも家でのんびりしている。

昨年の誕生日になった瞬間は、病院帰りの駅のホームでひとりきりで迎えた。
月がきれいだった。




誕生日は、何のためにあるのだろう。
その人がこの世に生を受けたことを、忘れないためだろうか。
一年に一度、その人のことを皆が愛しているのだということを、示すための機会としてあるのだろうか。


だったら、毎日が誕生日であってもいい。


ひとは瞬間ごとに生まれ変わっていくのだから。

自分につながる人たちに感謝する。
その人たちがそこに存在する、そしてその人たちと出逢ったということを、驚きを以て感じる。


毎日、生きていることを祝ってもいい。
いまこのときに起こっていることを、もっと愉しんでもいい。

自ら祝祭をあげればいい。



パーティーの外にいるひとは、自分がそこへ入っていけないから嫉妬するのだ。

誕生日は、みじめな想いをするためにあるのではない。
もしみじめな想いをするようなら、それは後に喜びをもたらすプレゼントなのだ。




幸せなひとは、愉しむことの天才だ。


誕生日のひとがいたら、おめでとうと言おう。
周りのひとに何か少しでも良いことがあったら、お祝いの言葉をかけよう。

喜びは、喜びを連れてまたやってくる。
幸せになるか、不幸になるか、その選択はまさしくその人自身のこころ次第なのだ。
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