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木箱に土を入れたものに草を生やしている。


昨年の秋にベランダに出したのだけれど、草の勢いが増して、最近はどこからか飛んで来た別の草の芽が出た。



たぶん、放っておいたらどんどん茫々になっていくだろう。

それを見ているのがたのしい。






ビルの隙間の空き地を観察するのが好きだ。

どんどん草が生えてくる。


土地の持ち主(たぶんビルを建てるつもりの)が、ときどき土を掘り返して、その度ごとに草は苅られてしまうのだが、しばらくするとまたにょきにょきと生えてくる。



私はそれをみているのが面白い。




「緑化だ」「有機栽培だ」と云うひとたちが言っている「自然」というのは、一体なんだろうかと訝しく思う。

土に植物を植えたら、何かいいことをしたと思っている。




でも、自然とは木や草のことだけではない。
自然とは、すべてに潜むちから、可能性、法則のことだ。



植物が育つのは、その自然によってだ。
植物が育たなくなるのは、(多くの場合)人間がそれを妨げているからだ。

ほんとうは、植物を「植える」必要はない。
その前に、地面からコンクリートを剥がして、汚い水を流さないようにして、植物の育つ力を妨げないようにすればいい。
植物自体に、育つ力は備わっている。
それなのに、わざわざ養分を豊富にやったりすることは、かえって彼らの力を奪ってしまう。



ただ、植物が自然なのではない。

植物は自然に素直に従っているから、自然そのもののように思うだけだ。




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