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空と大地のあいだ
自然という言葉がこころに浮かんだとき
ときどきある風景の記憶が浮上してくる。



小学校にあがって間もないころだと思うけど、汗ばむほど天気のよい休日に、祖母がワラビとゼンマイを採りに行くからと私を連れ出した。

家族と山菜を採りに行くというのはよくあることで、その日もいつものように長靴を履いて、袋と軍手をもって山や野原を歩いていた。


林のなかで、祖母が「向こうでゼンマイを採ってくるから、この辺りにいなさい」と言ってどこかへ行ってしまうと、私はすぐそばの土手をよじのぼった。


すると、目のまえが急にひらけた。



そこに見えたのは、

雲ひとつない青空と見渡す限りの茶色い大地だけ。

草一本生えていない、風もない。



そこは高台のにんじん畑だったはずなので耕耘機で耕された直後だったのだろうが、それにしても草一本生えていない"しん"とした大地と空とを見たとき、私はただ「こわい」と思った。


「来ちゃいけないとこに来ちゃった」
「見ちゃいけないものを見ちゃった」



何故かテレビでみたアメリカの広大な農地の風景とダブってみえた。


「ここは、どこ?」



それは、可能性の世界であって、よく知っている生命の世界の別の姿。
圧倒的な沈黙。力。
天と地。
時間なんかないような世界。

そんなところに、ぽつんとひとり立っていた。




別のせかいへ来てしまったのだろうかと思った。
というか、そうなんだ、と思った。

こわい。



「私はここにいてはいけないんだ」




急いで土手を駆け降りて、祖母を大声で呼んだ。
祖母の返事が聴こえるまで、私はおびえていた。

それなのに、どこかしら安心してもいた。

あのせかいは今みているこの世界と一緒に重なって存在しているんだ。




それから十数年が経ったいまでも、その風景をはっきりと憶い出す。
あの体験が私の自然観に大きく影響しているのだろうと、思ったりする。
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