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ときどき嫌になること
ときどき、自分が頭でいろいろと考えてしまうことが嫌になる。


なぜ、考えてしまうのか?


けれどもおそらく、それも必要なことなのだろう。






こうしてブログに書くことは
自分自身の思考を整理するプロセスであり、
言葉をつかって自分が何を考えているのかを知る行為であり、
その排泄物を記録するということだ。

でも、それだけならノートに書き留めるだけでいいじゃないか。
ノートに書きとめることすら必要ではないかも知れないじゃないか。

なぜブログという場でそれをしようとするのか。




明日から無人島で一生暮ら暮らさなければならないとしたら
何をするだろう?

もしお金も時間もあるとしたら、何をするだろう?

逆に、こうして考えることを止めてしまい
ブログに書くこともなければ、何がどうなるだろう?



考えるという行為は何のためにあるのだろう。



私は、自分の考えを認めてもらうためにこれをしているのだろうか?
難しい言葉をつかって論ずるためだろうか?


「違う」という声が聴こえてくる。
「あなたはすでに自分のなかにあるものを引き出そうとしているのだ」という声。



言葉というのは手段のひとつにすぎない。



私の声がせかいのざわめきのなかにとけていくのが感じられる。





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