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自殺することについて
過去に2人の知り合いが自殺した。


ひとりは中学校時代の担任で、入水自殺した。

もうひとりは近所の名刺屋さんで、首吊り自殺した。



私の中には彼らの自殺が深く刻まれている。

自殺によって彼らがいなくなってしまったことよりも、
自殺するに至るまでの間に、
私が彼らのことを少しでも真剣に想いやったことがなかったということが
刻まれているのだ。



多くのひとは普段、(そういうつもりはなくても)友人のことを本当には大切にできていない。
ある人が重い病気になったり、自殺しようとしたり、事故にあったり
イベントをしたり、本を出したり、海外にいったりする
というようなことがなければ、あまり気にかけることがない。
気にかけていたとしても、実際に表現することができていない。



私は、死のうとすることであることを試そうとした。

それはあまりに醜い行いだったけれど
そのことによって、自分が何を信じようとしているのか
何を求めていたのかを確認した。

それは誰に云うことでもない。
ただ、私の根幹にありつづけるもの。
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