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注意深くあること。気付いていること。
陰と陽とは一体である。

異なっていて
それでいてまた
同じである。



善と悪
正と誤
生と死
男と女
美と醜
……

それらすべての対立項は
実はひとつのものである。
違うものであり同じものである。




では、この世界における
善とは何か?
悪とは何か?

幸福とは?
不幸とは?


それは誰にもわからない。


ただ、どちらかといえば、幸せでありたいと願う。
幸せであると思われる状態でありたいと願う。
そしてその為に必要であると思われることを、なす。

(しかし仏教でいうところの解脱とは
その願いすらも手放したところにあるのだろう)





自分がいま、なしていることが
幸せに結びつくかということは結果をみるまではわからない。

わかるのは、フィードバック……結果だけだ。


もし魂が生を繰り返すとするならば、
人は何度も何度も同じ失敗を繰り返しながら
その結果をみて学習し、修正しながら
少しずつ成長していくしかない。

しかし、成長とは一体何だ?
成長とは変化の異名に過ぎない。
そして好ましい変化のことを進歩という。

「進歩」も「衰退」も
変化の過程(プロセス)のある一瞬を
過去の別の一瞬と比較したものである。



人生のある瞬間、
過去を振り返って現在と比較し
変わっている自分に気付く。

それだけのことだ。
それが進歩か衰退か
それを「判断」するのはいいが
それが本当に進歩であるか衰退であるかは
誰にもわからない。



今日行ったことの結果が明日をつくるように
今生が次の生を決定するという。

だが、ある行いがどのような結果をもたらすかということは
ある程度の見当がついたとしてもわからないものだ。
まさに一寸先は闇なのであり、
すべては過ぎ去り、変化し、「結果として」成長する。
一瞬一瞬が取り返しのきかない過去となっていく。


いま自分が行っていることに気付かずにいるということは
自分の生に無防備であるということである。

あなたがたったいま行った
あくび、くしゃみ
食事、排せつ
メール

その何気ないようなひとつひとつのことに
注意深くあること

自分が何を行っているかということに
気付いていること

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