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すべてに対して開いていること
あなたは
「自分はすべてわかっている」
「自分は何でも知っている」
「自分には他から学ぶことはない」
と思っているかもしれない。

あなたは
「それは奢りでも何でもなく事実なのだ」
とさえ云うかもしれない。


しかしそれもやはり
あなたがそう思っているだけなのだ。

あなたが「自分」と思っているのは
一体「あなた全体」のうちのどれだけだろう?


あなたが自分の行いを「事実だ」と判断したとしても
それは、あなたのmind(意識・思考・意志・感情)が
あなたのmindを基準にして判断しているにすぎない。

あなたがもしそのことに気付いたのなら
「自分」がいかに「井の中の蛙」だったかということを
知るだろう。


自己の全体性を知るひとは
自分を(他人と比べて)誇らないし
蔑みもしない。

「自分」のどんな部分も否定しないし
「自分」にとらわれもしない。

そして
「自分はこうであるはずだから、そうではない」
と自らの本当の姿を否定もしないし
「あの人のいうことは間違っている。自分のほうが正しい」
と絶対的な自信をもつこともない。


彼は開いている。
彼は自ら可能性を狭めることはしない。
訪れるものを選別し、閉め出すようなことをしない。

誰かとの関係を切ったり
ある考え方をはなから否定したり
見放すということはしない。


彼は開いている。
自己の全体性に対して開いている。
すべてにひらいている。






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