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御巣鷹の尾根 1985/08/12
私は飛行機が好きだ。
身近に整備士がいるせいで、乗るのはもちろん機体自体もすごく興味深い。

その整備士が、このあいだ見舞いに来てくれた際、
うちのパソコンで一生懸命検索していた。
何かと思ったら、JAL123便のCVRの記録を探していた。

日本航空123便(B747SR-46)墜落事故CVR
(墜落現場から回収されたコクピット・ヴォイス・レコーダーの録音)

坂本九さんも亡くなったこの事故が起きた当時、私はまだ4歳だった。
1985年8月12日。
今まで、そんなに意識したことはなかったのだけど。。。
かなり生々しい。
現場は凄惨極まりない光景だったらしい。
高濱機長の遺体は、前歯が5本だけ。
980トンものgがかかれば。
生存者は女性4人だけで、520人の方々が亡くなった。

生存者の証言とこのCVRから、その後の事故調査報告書の再調査が望まれているようだ。
色々調べていると、この事故は絶対風化させてはいけないものだとわかる。
自衛隊機が撃墜した!?
私には勿論わからないけど、横田基地へ着陸できる体制だったものが左へ旋回していることや、米軍の救助を断ったこと(救助の遅れ)、遺体の損傷の激しさ、衝突(?)音がしてすぐにスコーク77を発信していること(録音が途中からなのでわかりませんが)、高濱機長の交信が時々途絶えること、発表された事故原因と証言の不一致、ボーイング社の声明等について、つじつまがあう点では「あり得る」。
機長は絶対に着陸したかったのだと思う。

1989年7月19日、ユナイテッド航空232便(ダグラスDC-10)不時着事故の際には、
この事故の教訓から油圧系統が全滅した場合の操縦方法を研究していた
パイロット(フィッチ機長)がたまたま搭乗していて援護、
296人中111人の方々が亡くなられたが、185人の命が救われた。

昨年の3月13日高知空港で全日空のボンバルディア機が胴体着陸したが、
それまでにも時々ボンバルディアの不具合はニュースになっていたから、
(幸い、被害がでなかったから良かったものの)やっぱりな、という感じがした。
ボンバルディア機には乗りたくない。
ボンバルディアの採用はやめたほうがいいと思う。絶対に。

飛行機で事故にあう確率よりも、自動車で事故にあう確率のほうが高いけど、
飛行機で事故にあう際の死亡率は高いと思う。
(死ぬのは嫌だけど、私は飛行機が好きだから、飛行機事故で死ぬのなら仕方ないと思う)
8月お盆近くのフライトは恐い。
もし、飛行機が嫌だけど乗らないといけない人には、
機体後部の座席をおすすめします。

1985年8月12日の事故を忘れてはならないっていうのは
常套句ではなくて、心からそう感じる。
このCVRを聴いてそういうふうに感じないはずがないだろう。

旅客機は、ちょっとやそっとじゃ落ちないようにつくられているんだけど…

真実は闇の中

JAL123便で亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
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