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子どもというカイブツ
自分の子供の頃は、自分の可能性を信じて疑わなかった。

すべてのものが面白く、不思議で、そして
それらを理解したい、理解できると思っていた。


けれども、小学生の中学年くらいから
「思考的な挫折」を味わうようになった。


「光を投げながら、光の速度で後ろにバックしていったら、
光はどうなるの?」

「飛行機がヨーロッパへ飛ぶ場合、
宇宙的に見たある一定の位置にとどまっているように努力するだけで、
地球の自転によって目的地に着くんじゃないのか」



こういうことを先生に聞いても、「わからない」といわれるだけだった。

今のようにインターネットが普及していないときに。



田舎の人間は、自然環境に恵まれる反面、
情報や出会いといった人間社会的環境に恵まれていない
(勿論イチガイにはそう云えないが)。



子どもだった私は、だんだんと自分の脳みそが凝り固まっていくのがわかった。


それとともに、自分より若いネット時代の子どもたちにどんどんと追い越されていくのを感じた。



大人が子どもに一方的に「教育する」ということは、ありえない。

これからの時代は、子どもが大人に教育するだろう。



教育改革と叫ばれて久しいが、子どもの才能を伸ばしてやれる教師は
ほんとうに少ない。

子どもの疑問に正しく答えてあげられる大人が一体どれだけいるというのだ。



爆発的に発達していく子どもの知能に触れると、ただただ驚異を感じる。


大人が子どもにできることといえば、子どもの能力の発達を遮らないようにすることと、サポートするためにむしろ自分自身が学ぶこと。
環境をととのえることである。


植物の芽を育てるのは、宇宙(自然:じねん)である。
植物がよく成長するためには、ただただ環境をととのえること。
余計な肥料をやってかえって能力を奪うのでも、
雑草を抜くのでも、
農薬で「害虫」を殺すのでもなく、
土をただ「おこす」ことである。

福岡正信さんが行なっていた自然農と、
それに続く自然農法が、それを証明してくれた。
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