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種が育っていくところをみるのはとても好きだ。


子供の頃はよく種を蒔いた。

私の祖母は野菜から草花から、何でも植えていて、
種ができる時期になるとそれを収集して蔵に保存した。

私は、種から芽がでて育つというのが面白くて仕方がなかったので
よく「ねぇねぇ、これは何の種?これもらっていい?」と
種をわけてもらっては植えた。


あるとき、かぼちゃの種をたくさんもらった。

私は、それを実験に使うことにした。

実験というのは、耕してもいない硬い土の上に「ただ」ばら撒いてみるというもので、祖母には散々「そんなところに蒔いてもつまらんよ」ととめられたのだが、強行した。


草取りはおろか、水遣りも一切しなかった。

ただ、放っておいたのだ。


結果は、大収穫だった。
(沢山の実が次々になって、しかもおいしかった)



草取りをしなくても、肥料をやらなくても、
自然は勝手に生命を育ててくれるのだということを知った。


*    *    *
腐海プロジェクト的コミュニティは、小国寡民的ともいえる。


野菜は、その土地に育ったものを食べる。

わざわざ遠くからエネルギーをつかって取り寄せたものを食べたりしない。

しかも、畑の世話なんていうのはしない。
するとしても、最初のほうに、ちょっと手助けをするだけだ。
あとは自然が勝手にやってくれる。


腐海プロジェクト的には、土壌の豊かさというのが、
その土地に住むひとの自然の理解度のものさしのひとつとなる。

*    *    *
ただ屋上に芝を植えたり、街路樹を植えたりすることで「自然と共生する」なんて言っている限り、この文明は滅亡するしかない。
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