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愛するひとの幸せ
大好きで、本当は一緒にいたかったひとが、パートナーとめでたく結婚した。


なんとなく彼は彼女と幸せになるだろうという気はしていたが、
もしそうなってしまえば自分は気が狂うのではないかと思っていたら、
意外にもそうではなかった。
もちろん、残念な気持ちも少しはあるのだけれど。


彼と彼女におめでとう。



私はだんだんと、欲がなくなってきていることに最近気がついた。

もちろん成したいことはあるのだけれど、それが絶対というわけでもなく、いつ死んでも悔いはない。



ついこの間までは、「自分がこれをやるんだ」という気持ちが強くて、肩に力が入っていたのだけれど(そして今でもまだまだ入ってはいるんだけれど)、あるときから「自分がやらなくても勝手にそうなるんだ」ということに気がついてから、ある意味とても楽になった。


言葉足らずでわかりにくいだろうが、

「私という存在は全体の一部である」ということの肯定

とでも表現したら近いかもしれない。




ネイティヴ・アメリカンの言葉でこういうのがある。


「タカ(じゃなかったけど仮にそうする)を殺しても、
タカのドリーミングは死なない」


ある人のドリーミングというのは、例えそのひとが居なくなったとしてもなくならないのだ。



この世界にある特定のことにドリーム・アップされるひとは自分だけじゃない。

ひとりのひとは、完全にユニークだけれども
それでも似たような方向性の夢をみるひとは世の中に少なからずいると思う。
話がそれてしまったけれども。



ひとりひとりは、全体の一部でもある。


誰かの幸せは、自分の幸せとも間違いなくつながっていて、
だから自分の幸せは、誰かの幸せでもあると思う。



世界を幸せにしたいと思うならば、
まず何よりも自分が幸せになることだ。




ともかく、彼と彼女におめでとう。

そしてそんな風に思える自分にも、おめでとう。
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