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祖父の死と法華経如来寿量品
今年の1月21日に祖父が他界した。

年明けに一度入院して、一時回復したので大阪に戻ってしばらくして再入院したのだが、また九州の病院に駆けつけたときには、もう人工呼吸器がとりつけられていた。

私は、コーマワークについてのわずかな知識があったので、昏睡状態のひとには周囲の人間の話すことが理解できていることを知っていたので、毎日話しかけた(祖父は危篤状態になってから5日ほど留まっていた)。私が話しかけると、祖父の微細な体動を感知して機器がピピピッと鳴るのだった。


最終的に祖父の血圧はどんどん下がり、そのまま消え入るようになくなったのだけれど、遺体が実家へ帰ってきたときはまだ温かくて、なんだか眠っているように見えた。



祖父は熱心なに法華経を持っていたので、私も幼いころから仏教とりわけ法華経について学ぶ機会(チャンス)を得ていた。

けれども、私はほかの色んなものに興味関心がありすぎ、また思考するのがすきだったので、法華経と本当の意味で出会うことが今の今までなかったと思う。



それが、葬儀のときに久しぶりに法華経の経をとなえているうちに何かがこころに触れて、涙が流れてきた。

さっきまで生きて話していた人が話すことはおろか呼吸をしなくなり、肉体が腐り始めるという不思議。
もしくは、あるときひとりの人間が命を得るという不思議。

人間は、ひとつの細胞、すなわちひとつのいのちをも
生むことはできない、という不思議。



祖父が急逝したせいで、私は法華経の(言葉上の)意味を理解しようとして現代語訳を読んでみた。

するとどうだろう。

いつもいつもあげていた経(如来寿量品)では、釈尊(ブッダ)によってある医者の喩え話が語られていた。
(うろ覚えです)
ある良薬をつくることのできる医者が遠くへ出かけていた。
この医者には子供がたくさんいたのだが、それぞれ病気を煩っていた。
そこへ父である医者が帰宅し、よい香りと味のする薬を与えた。
すると、何人かの息子たちは父の帰宅を喜び、素直にそれを飲んだのですぐに快癒した。
しかし何人かの息子たちは、父の帰宅を喜びはしたが、それを飲まなかった。

父は、自分の帰宅を喜ぶ息子たちのことを想い、なんとか治してやろうと一計を案じた。
どうしたかというと、また遠くへ出かけて、その先から父は死んだとその息子たちに知らせたのだ。

すると薬を飲まなかった息子たちは、自分たちのことをよく擁護してくれた父のことを想い、嘆いてこの薬を飲み、そして快癒したのだ。


私にとって祖父の死はこのようなものだったともいえるのだ、つまり
祖父の死がきっかけで、その祖父の持(たも)っていた法華経とはどのようなものだったのかということに興味をもち、それに触れて驚き、喜ぶという体験ができたからだ。


ほんとうに不思議だなぁ。

人間の頭ではわからないことがある。

仏にしかわからないありがたい教えがあるということを説くのが、
この法華経という経なのだ。
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