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自分の中の男と女
私の生物学的な性は女だ。

でも、男であったらいいのにと思うことが多い。
もちろん、女であることに幸せを感じることもあるけれど。



世の中を見渡してみると、社長だとか研究者だとかは男の人が多い。
その人たちの脇には素晴らしい女の人がいることも多い。

最近は、世界中で女性は活躍している。
でも、なぜビジネスなどの分野で女性があまり見当たらないのだろう。



脳の発達のスピードと得意分野が男性と女性では違うことも、もちろん大きく影響しているだろう。
肉体的な違いもあるし、子供を持つと子供のことにかかりきりになることもある。

ただ、これだけではないような気がする。



この社会の性質。



私はそれを感じる。
見えない分厚い壁。
そして、自分自身による自己催眠。

それらがブレーキをかけている。




女は男性の支えになるのが好ましいのか?
それはどうしようもない自然なことなのか?



「男性のように」社会へ出て行く女性のパートナーとなるのは、
「女性のような」男性なのか?


男女とは?


「私のなかの女性」はどうしようもない孤独を感じている。
「私のなかの男性」もどうしようもない無力感を感じている。


性質の問題ではないのか?



賢者たちは、大切な偉大な夢を実現するためには、犠牲にすることも大きいという。


私のなかの女性と男性がうまく融合しない。分裂している。

私のなかの女性と男性は、どのように共存していったらいいのだろうか?










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