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内なる導師
マイミクのさかもが寝る前に神様にお願いをしているという。

実は私も「神様みたいなもの」に問いかけをし、お願いをしている。
でもその「神様みたいなもの」というのは、実は広義での自分でもある。

自分の意識ではとらえることのできない、私のことを最もよく知る私がいて、いつも私のことを見守っているのだ。
私はそれを感じることができる、でも、その人(?)が知っていることを言葉で説明したりすることはできない。

一年くらい前に、ポートランドのプロセスワークセンターの学生であるきまとセッションをしたときに、それはネイティヴアメリカンのおじいさんの姿をとってあらわれた。

彼は静かな目でただ私を見ていた。
彼と私のあいだで薪がないのに紅い火が燃えていて、
彼はその火が消えないようにそこで番をしているのだ。

彼は何もいわないで、ただ私を見ていた。
私は彼のことをとてもよく知っていた。
そしてなぜか泣いてしまった。

それから、私は自分のセンターの存在を思い出した。



彼はいつも私が何をするのか知っているのだ。



そして、私がそれを成すのをじっと見守っている。
普段は忘れているけれど、ときどきその存在を思い出すたびに、
自信を取り戻すことができる。

謂れのない自信。
これは自分にしかわからないものだ。
ほんとうに幼いころから私がもっているもの。
でも、誰もそれを「教えて」はくれない。
なぜならそれは私だけのものだからだ。



ときどき、私はコケる。
コケる前に、さっと誰かが腕を貸してくれることはない。
「世界を包含するもっと深い世界」からメッセージが届くのは、
いつもコケて痛い思いをした後だ。

どうせなら、コケる寸前に助け舟を出してくれてもいいんじゃないかと、時々不満を持ったりするんだけど、痛みを感じることが私に必要なことだからそうなっているんだろうと思う。


暗闇のなかで次の部屋へのドアをみつけるためには、
必要なプロセスがある。
手を伸ばし、足を踏み出し、こけたりしている。
でもどこにもノブはみつからない。
だけど、それをしなければ、ドアは「現れて」はくれないのだ。

昨日もおとといも、何度も触ったはずの壁のところに、あるとき急にノブが出現する。

それは、昨日でもなくおとといでもなく、そのタイミングでしか開かないドアなのだ。それは突然あらわれる。現れるべきタイミングに。

でも、それがいつなのかはわからない。





村上春樹の小説のなかにでてくる羊男のように、主人公にとっての「現実」と「もうひとつの現実」のあいだをつなげる配電盤の役割を果たしている何かがいるのだ。そしてそれは自分自身でもある。
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そうそう、神さまと言ってるけど
私はよくその存在はわかっていない。
だけど、何か見えないものの存在全てを
神さまとしてお願いしたり感謝をしたりしてるんだよね~。
いつも神頼みばかりで、神さまは怒ってるんじゃないかなって、いつも思う私^^;
さかも | URL | 2006/09/15/Fri 19:00 [EDIT]
>さかも
お願いされるのが、神様の仕事なんだからいいんだよ、きっと。
よし子 | URL | 2006/09/19/Tue 01:15 [EDIT]

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