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大切なのは方位磁石(コンパス)のほうだった
自分は何故大阪外国語大学でスワヒリ語を学び、
そして何故、この春、4年生で退学しようとしているのか。
それを一度整理しようと思う。


もちろん、すべてのことが繋がっていまがあるので
書こうと思えばどれだけでも書けてしまう。
だから、いくつかの大きな要因に絞って書こう。

また、言葉ではとても言い表せないようなものだってかなりある。
もしかしたらそういう部分のほうが大きいかもしれないけど
それはそれでいい。
自分ではよく知ってる。
深いところで。


さて。


____なぜ私はアフリカ地域文化を選んだのか?

・みんなが欧米ばかりみているから(そんなこともないと思うけど)
教室でみんながわいわい盛り上がっているときに、はしっこで寂しそうにしてる子っている。そういう子をみると、ああ、自分はこの子といっしょにいよう、って思うんだけど
たぶん、自分がそうされたかったからそうしたいんだと思う。つまり、その子に寂しかった自分自身の姿をかさねてしまっているということ。
アフリカに対しても、高校時代はそういう見方をしていたことを、否定できない。
いまは違うけど。


・ひき締まった身体、長い手足、整った顔のひとが多いから(?)
・彼らの音楽や声を聴くと「とにかく凄い」と思うから。
・色彩感覚がすごいから

これは、単純に好みだと思う。
大学に入って写真をやっていたとき、絶対彼らの美しい姿を撮って雑誌にしようと思っていた。動物の写真とかサバンナの写真撮ってる場合じゃないでしょ……と思っていた。


(こういういい方はしたくないけど)「原始的なくらし」をしているひとたちの生活にこれからの人類が学ぶべきことが沢山あるとおもったから
理由のなかではこれが一番大きい。

彼らの生活を知りたい、と思っていた。
そして、
彼らの信仰とはどのようなものなのか。
生きるということをどう思っているのか。
病や死などについてどう考えているのか。


"人間は「賢く」なり過ぎた"というのが、私の中学生のときの持論だった。
子どものころ、休日は、午前中から実家の裏の畑で無心に働き、太陽が真南に来ると昼御飯を食べて、一番暑くなる時間に昼寝をして、日が暮れるころに家へ帰る、という暮らしをしていた。
足の裏の土の感触、白い雲の浮かぶ青空、太陽、虫や鳥の声、気持ちのよい風、祖母との他愛無い会話。
裏山の小さな原生林を抜けて、野原で寝転がって、乾いた空気のなかで走り回り、
自分の身体いっぱい生きていることを実感しながら。

そこには、もっと純粋な汗と筋肉と笑いと涙があったような気がする。
頭のなかは最も空っぽでありながら、実は最も生というものを知っていたような気がする。


人間って、もっとのんびり生きてもいいんじゃないか。
お金がなくても生きていけるのではないか。
そんなに便利でなくても、充分豊かな生活が出来るのではないか。
土地やモノは誰のものでもなく、誰のものでもあるという考え方ができたんじゃないか。
……共産主義とかではなく。

もちろん、お金がなければいまの社会はないし
人間の心だとか社会はそんなに単純にはいかないということも知っている。
別に、私は懐古主義者でもない。
ただ、いまの人間たちの暮らしぶりを見ていると
何だか来るとこまで来たなというか、
このまま滅ぶしかないのかなと思ったりする。

もっとちいさく、弱く、そして優しく、
気持ち良く生きていけるはずなのに。


だいたいの場合において、人間の欲望は文明というものを発達させて
いまのアメリカやヨーロッパ各国のようなところに行きつくようだ。
そうすると、アフリカの外れの小さな村もじきにそうなるのかな。
できれば、少し違うふうに(プチ幸せな感じに)なってくれないかな。
と、希望を抱いている。


なんだかなー。
こうやって書いていると
「何か違う」と思う。
私の本当に言いたいことと違うぞ??と思う。
うーん、難しい。


_____なぜ私は大学でアフリカについて学ぶということを選んだのか?

     なぜアフリカでなければならなかったのか?


いま考えると、初めからわたしのなかに
「何か」があって、それを裏付けしたかっただけだったんだということが
はっきりわかる。
少しまえまでは、そのことをはっきりとは意識しなかったんだけど、
あるいは考えるのが面倒くさくて、とにかく何か先送りする期間が欲しかっただけだともいえる。


そう、アフリカにこだわる理由は
本当はどこにもなかったのだ。





とりあえず、まとめ。



「わたしはどんなふうに生きたいか?」

こどものころは、夢でいっぱいだった。
将来を想像してたのしかった。
だって、きっと自分は思ったとおりに生きられると思っていたから。

そして最近、自分にとって本当に気持ちいいと思えること、
好きなこと、したいこと、を想い出した。
ちゃんと、「それ」は私のなかにあったのだ。
しかも、「それ」はかなり幼いころから変わっていない。

知っていたのに、わかっていたのに、
「それ」を見失っていた。


どこへ行くべきなのか、何をするべきなのか、それを知りたいとばかり思っていたけど、ほんとうはその逆で、大切なのはその方向を指し示すコンパスのほうだったのだ



なーんだ。。。

それがわかると、もう何をしたっていいんだというふうな気持ちになった。
楽になった。

ということで、
したいことがわかり、必ずしもこれ以上大学でスワヒリ語を学ぶ必要はなくなったというわけ。卒業しても、しなくてもいい。
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