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他人の話を聞かないひと
他人の話を聞かないひとがいる。
私もかつてはそうだったし、今ではだいぶましになったとはいえ、まだ若干その傾向が残っている。


・自分がいつも一番正しい(自分は間違わない)。
・自分は何でもよくわかっている。優れている。
・他人の話には得るものがない。


自分が誰よりも優(まさ)っていると気持ちがこころのどこかにあると、高慢になる。
そしてその高慢さは、行動や言動に現れたり見えない威圧感となって、周囲に伝わる。
周囲の人々は、その人を崇拝するか、もしくは離れていく。


高慢なひとは、自らを閉ざしていく。

相手の話を聞く前からわかっていると思い込む。

誰も声も聞かず、自分の声だけを聞く。



こうなると、そのひとが失敗する(行き詰まる)か自分自身で気づきを得るまで、待つしかない。





自分を尊い存在だと思うことと、他人より優れた存在だと思うことは違う。
そこには比較のこころがある。
比べることがなければ、他人も尊い存在だということがわかるし、誰も劣ってはいないということもわかる。

いつも周囲と自分とを、自身の物差しで比べているひとは、こころ休まることがない。
常に他人より優れていようとするからだ。


そしてこのことは、劣等感を抱くひとについても云える。
彼(女)は、いつも人と比べて劣っているように感じている。
そして、卑屈になったりする。


周りの評価もまた、劣等感や優越感を強化する材料になることがある。




それぞれが尊い。

それは比べることができない。
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