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奴隷解放宣言
決断とは、自らの未練をいっさい断絶することだと、あるひとが云った。
切り離してしまったものをもとに戻すことはできない、それほどのものでなければ、現状維持という居心地の良い状態を求めて過去からの習慣的自己に引き戻され、自らを書き換えることができない。


人間は、過去から連続した”私”があると勘違いする。
ほんとうは、常に変化しているのにも関わらず、それを認識することができない。
こうして自らの規定したイメージである”本当の自分”のなかに、多くのひとが閉じ込められる。


人生で出会うさまざまな問題のほとんどは、自分の考え方や習慣または環境を変えることで解決することが可能だが、そのことを認識することができないひとは、他人や社会や宗教のせいにする。みんな、「わたし」が大切で大好きだ。


適切な自己批判能力があればそうはならないはずだが、その能力は社会的教育によって育たないようにされている。
大衆は、本当に世界を操っているひとたちの思惑通りに、本当のことを知らされず、偽装された情報を信じ込まされ、バカであるようにプログラミングされた社会の中で生きているからだ。
こうして大衆は奴隷化され、富はいつも奪われている。
そのことを大衆が認識することはほとんどない。なぜなら信じきっているから。


だが、そんな支配者たちも宇宙の原理はコントロールできない。
そのことを認識する個人の思考もコントロールすることができない。


ちいさな近視眼的自己(=エゴ)に捕われている、自分自身に奴隷化された「わたし」を解放すること。
これはあたらしい奴隷解放宣言だ。


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