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黒人差別?
こんな記事をみつけた。

事実として何があったのか、知りたい。


<補記>
他にこんな記事も。
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"I have a dream"
大学に関して、またまたご報告します。

私はアメリカ合衆国へ留学することを考えていたのですが、
その学校へ入学するためには、大学を卒業していなければならないようです。


……想定外のことで、少々戸惑いましたが、
大学へもどり、そして卒業します。


これは、私の意志とは関係なくそういうことになったのですが
なんとなくうれしいです



うれしいついでにMartin Luther King Jr.の"I have a dream."をここに置いておきます。
Martin Luther King, Jr.: "I Have a Dream"
高校のときに、大学の奨学金予約生の面接で「尊敬する人物は?」と試験官にきかれた私が答えたのが、「ブッダ、ガンジー、キングJr.、祖母」でした。


おそらく今年の夏はAFRIKAへ行くことになるでしょうが、その後で、AMERICAへ行くということは私にとって必然的であるように思います。

私はちゃんと、自分の奥底にあるものをつかんでいる、そう思います。
腐海プロジェクトの方向性について
最近、自分自身がふらふらとしていたので、
ずいぶんこのサイトもふらふらとしていました。

ですが、ここにきて何とかブレも小さくなってきたようなので
一旦この「腐海プロジェクト」を整理してみようと思います。


■「腐海プロジェクト」として私が実現したいことはとても漠然としているので、小さなことから序々にやっていきたいと思っています。
*NOTE*「腐海プロジェクト」というのは、人々に自然に生きるために必要な「気づき」を得てもらうプロジェクトです。

1.苗木販売
その手始めとして昨年は苗木の販売をしていたのですが、これは種苗組合との兼ね合いが難しかったリや季節・天候に左右されやすかったりで、ビジネスとしてはいまのところあまりメリットのないものだと判断しました。来春、どうするのか。とりあえずは保留中です。

2.メルマガの発行。
これは自然(じねん)を研究(?)している私の友人の頭脳を借りて、「自然とはなにか」を伝えるためにメルマガを発行しようというものです。小説のようなかたちにしようかと思っています。

3.アロマキャンドル販売
アメリカ、オレゴン州のポートランドに行ったときにみつけたアロマキャンドルです。とてもよいものなのですが、日本では販売されていないようなので、ぜひ日本で販売したいと思っています。これは違うサイトをつくろうと思っています。
あと、できればイギリスでIFAというアロマの資格を取得してもいいかなと思います。

4.プロセスワーク
以前は自分のためだけに勉強しようと思っていたのですが、最近はやっぱりきちんと勉強して、仕事として活かせるようにしたいと思うようになりました。日本でも勉強できるようになったのですが、ポートランドに行きたいという気持ちがとてもあります。もしそうなるならば、向こうで勉強したいと思います。

5.商品開発
いろいろな商品を開発したいと思っています。
いま、いくつかの案を製品化しようとあれこれ計画中。

6.色んな人に会いにいく
気になるひとたちに会いにいきたいと思っています。
昨年は「自然農法」の福岡正信さんに逢いに行ってきました。
今年はワンガリ・マータイさんや宮脇昭さんと逢えるのではないかと思っています。

そんなこんなで、この「腐海プロジェクト」としては色んなことをやるのですが、
よく知らないひとに説明するのが大変困難なので、内容ごとにいくつかに分割します

「腐海プロジェクト」が、商品開発・メルマガ発行・(苗木販売)
「001(ルームナンバー001)」が、アロマキャンドル販売
「プロセスワーク」は敢えて分けます。
*色んなひとに逢いにいくというのは、その相手次第です。


わかりにくいな~(笑)。
ともかくこんな感じです。よろしくお願いします。
大学のこと その2
やっぱり戻ろうという気持ちにならない。
でも、100%キッパリ退学するという気持ちかというと
そうでもない。


優柔不断。




何が、「退学する」という決断を踏み止まらせているのか?

・「大卒」を放棄することを躊躇
 →「高卒」では、後々困るのではないか?
 →あと1年なんだし、「大卒」でないと……という打算的な考え?
 →自分自身への自信のなさ?

・大学で学ぶことの可能性
 →色々な国の言語や文化を一度に学べて、しかもそういう人脈を
  得ることができる大学は他にあまりないんだから
  この機会をもっと活かしたほうがいいんじゃないのか?

正直なところ、もう大学に戻って勉強したくはない。
それをひきとめるのは、私の打算的な思考だ。

気持ちは変わっていくんだ。
やりたいことだって、変わっていく。

根気がないのか、飽きっぽいのか、わがままなのか……
でもそれがわたしだ。
でも、きっと本当にやりたい核の部分はずっと変わっていない。
そのことに対する情熱らしきものは、決してなくしていない。


私は一体何をしたかったのか、それを想い出そう。
そして具体的にどうしたいのか、考えてみよう。



そのことに、大学で勉強することが必要か?

……色んな可能性を考えてみる。



「いいえ」

それが私の選択だ。
大学のこと
前回の記事で、大学を辞めても辞めなくてもいいということを書いた。

先日、友人に
「このあいだまでは、来年大学に戻って卒業するって言ってたのに
今度は辞めるって、どういうこと?」
と言われた。

言ってることがころっと変わってるんだから、
「この人は本当はどうしたいんだろう?」とか
「この人は言うことがしょっちゅう変わるし信頼のおけないひとだ」
と思われても仕方のないことだろう。



____私は、本当のところどうしたいんだろう?


大きな選択としては

復学するか
退学するか


のどちらしかない。
大切なのは方位磁石(コンパス)のほうだった
自分は何故大阪外国語大学でスワヒリ語を学び、
そして何故、この春、4年生で退学しようとしているのか。
それを一度整理しようと思う。


もちろん、すべてのことが繋がっていまがあるので
書こうと思えばどれだけでも書けてしまう。
だから、いくつかの大きな要因に絞って書こう。

また、言葉ではとても言い表せないようなものだってかなりある。
もしかしたらそういう部分のほうが大きいかもしれないけど
それはそれでいい。
自分ではよく知ってる。
深いところで。


さて。


____なぜ私はアフリカ地域文化を選んだのか?

・みんなが欧米ばかりみているから(そんなこともないと思うけど)
教室でみんながわいわい盛り上がっているときに、はしっこで寂しそうにしてる子っている。そういう子をみると、ああ、自分はこの子といっしょにいよう、って思うんだけど
たぶん、自分がそうされたかったからそうしたいんだと思う。つまり、その子に寂しかった自分自身の姿をかさねてしまっているということ。
アフリカに対しても、高校時代はそういう見方をしていたことを、否定できない。
いまは違うけど。


・ひき締まった身体、長い手足、整った顔のひとが多いから(?)
・彼らの音楽や声を聴くと「とにかく凄い」と思うから。
・色彩感覚がすごいから

これは、単純に好みだと思う。
大学に入って写真をやっていたとき、絶対彼らの美しい姿を撮って雑誌にしようと思っていた。動物の写真とかサバンナの写真撮ってる場合じゃないでしょ……と思っていた。


(こういういい方はしたくないけど)「原始的なくらし」をしているひとたちの生活にこれからの人類が学ぶべきことが沢山あるとおもったから
理由のなかではこれが一番大きい。

彼らの生活を知りたい、と思っていた。
そして、
彼らの信仰とはどのようなものなのか。
生きるということをどう思っているのか。
病や死などについてどう考えているのか。


"人間は「賢く」なり過ぎた"というのが、私の中学生のときの持論だった。
子どものころ、休日は、午前中から実家の裏の畑で無心に働き、太陽が真南に来ると昼御飯を食べて、一番暑くなる時間に昼寝をして、日が暮れるころに家へ帰る、という暮らしをしていた。
足の裏の土の感触、白い雲の浮かぶ青空、太陽、虫や鳥の声、気持ちのよい風、祖母との他愛無い会話。
裏山の小さな原生林を抜けて、野原で寝転がって、乾いた空気のなかで走り回り、
自分の身体いっぱい生きていることを実感しながら。

そこには、もっと純粋な汗と筋肉と笑いと涙があったような気がする。
頭のなかは最も空っぽでありながら、実は最も生というものを知っていたような気がする。


人間って、もっとのんびり生きてもいいんじゃないか。
お金がなくても生きていけるのではないか。
そんなに便利でなくても、充分豊かな生活が出来るのではないか。
土地やモノは誰のものでもなく、誰のものでもあるという考え方ができたんじゃないか。
……共産主義とかではなく。

もちろん、お金がなければいまの社会はないし
人間の心だとか社会はそんなに単純にはいかないということも知っている。
別に、私は懐古主義者でもない。
ただ、いまの人間たちの暮らしぶりを見ていると
何だか来るとこまで来たなというか、
このまま滅ぶしかないのかなと思ったりする。

もっとちいさく、弱く、そして優しく、
気持ち良く生きていけるはずなのに。


だいたいの場合において、人間の欲望は文明というものを発達させて
いまのアメリカやヨーロッパ各国のようなところに行きつくようだ。
そうすると、アフリカの外れの小さな村もじきにそうなるのかな。
できれば、少し違うふうに(プチ幸せな感じに)なってくれないかな。
と、希望を抱いている。


なんだかなー。
こうやって書いていると
「何か違う」と思う。
私の本当に言いたいことと違うぞ??と思う。
うーん、難しい。


_____なぜ私は大学でアフリカについて学ぶということを選んだのか?

     なぜアフリカでなければならなかったのか?


いま考えると、初めからわたしのなかに
「何か」があって、それを裏付けしたかっただけだったんだということが
はっきりわかる。
少しまえまでは、そのことをはっきりとは意識しなかったんだけど、
あるいは考えるのが面倒くさくて、とにかく何か先送りする期間が欲しかっただけだともいえる。


そう、アフリカにこだわる理由は
本当はどこにもなかったのだ。





とりあえず、まとめ。



「わたしはどんなふうに生きたいか?」

こどものころは、夢でいっぱいだった。
将来を想像してたのしかった。
だって、きっと自分は思ったとおりに生きられると思っていたから。

そして最近、自分にとって本当に気持ちいいと思えること、
好きなこと、したいこと、を想い出した。
ちゃんと、「それ」は私のなかにあったのだ。
しかも、「それ」はかなり幼いころから変わっていない。

知っていたのに、わかっていたのに、
「それ」を見失っていた。


どこへ行くべきなのか、何をするべきなのか、それを知りたいとばかり思っていたけど、ほんとうはその逆で、大切なのはその方向を指し示すコンパスのほうだったのだ



なーんだ。。。

それがわかると、もう何をしたっていいんだというふうな気持ちになった。
楽になった。

ということで、
したいことがわかり、必ずしもこれ以上大学でスワヒリ語を学ぶ必要はなくなったというわけ。卒業しても、しなくてもいい。
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