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弟子の準備の整ったときに、師は現れる
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誰かを心配することは、相手にとってある意味失礼なことだと思う。

そのひとのちからを信じていないから。



誰かを心配するこころの動きはとても自然なのだが
実は、心配すればするほど、相手は困難な状況に陥るだろう。

「心配だ」
というネガティヴな言葉を相手に投げることは、
相手を呪うことにもちかい。


配慮することと心配することは違う。


子供のことを心配して、必要以上の手助けをすることは
その子供のちからを奪うことになるだろう。

心配することは自然なことなのだが。



「親は子を 育ててきたというけれど 勝手に赤い 畑のトマト」
                          俵万智
受け止めること
憎んだり、恨んだり、恐れたり、怒ったり、
そういうネガティヴな感情を誰かに対して抱いたとき、
無理に抑え込まないほうがいい。


感情で理性を失ってしまうのでもなく、
理性で感情をコントロールするのでもなく、

自分がどういう感情を抱いているのかということに
気づくことがまず大切で、

それを相手に伝えることで、
フィードバックをもらうこと。
(職場などでは難しいかもしれないけれど)


それから、なぜ自分がその感情を抱いたのか
そのことに気づくこと。
たいていそこに、自分が大事にしていることだとか
恐れていることだとかがある。


それから、自分の立場を相手と入れ替えてみるか、
誰かに再現してもらうなどして、
(プロセスワークでいうところのロールをとるということかな)
自分の体験したことを外から眺めてみる。



激しい感情の只中にあるときは、それに振り回されてしまって
こういったことをすることは難しいと思うが、それはそれでいいという気がする。



自分の行動、言動、思考、それらすべてへの
フィードバックを、きちんと受け止めることだ。

自分の人生を他人のせいにするのではなく、
自分のものとして引き受けること。



いまの自分の人生は自身の選択の結果であることを忘れて、
(もちろんそれだけではないのだけれど)
誰かほかのひとのせいにしているうちは、
不平不満ばかりの人生になるだろう。
家族、夫婦、個人、社会のものがたり
先日、大学を辞める件について父や母と電話で話し合った。

とはいえ、父と母はいまは一緒には暮らしていないので
母と電話で話し、母と父が電話で話し、父と私が電話で話すというような感じだったのだけれど。


私は10年前、中学を卒業すると同時に家を出て一人暮らしを始めたので、そこからはずっと家族と過ごしていない。
妹なんて5つ年下でまだ小学生だったから、今の彼女のことはほとんど何も知らない。


このあいだ、大学へ提出する書類をつくっていて、自分の家族の今についてあまりにも何も知らないことに驚きつつ呆然とした。

一体、私にとって家族って何なのだろう。




お金の問題や両親の不仲、それから自分自身の孤独感。
全部が絡み合っている。



私は私の人生を歩むのだと思っていたけれど、家族から目をそらすことはできないのだということを、電話で話していて思った。




私を育てた環境と、私との間。

過去の家族の思い出と、いまの家族との関係。



私と家族とのあいだでいろいろあるように、きっとどの家庭でもいろいろ問題はあるだろう。




父と話していて一番大変なのは、社会やお金に対する考え方が違うことだ。

父は「お前は社会の厳しさがわかってないから」と言う。
確かにそうだ。私は社会のしくみだとか厳しさをまだ何も知らない。
そして、父は娘の私を心配している。
で、そのことを受け止めた上で私は説明を試みる。
父のように、一生サラリーに頼って暮らしていくという人生を私は送りたくないということ。
私の家族がなぜ経済的に苦しい状態に追い込まれたのか、そしてどうやってそこから脱却すればいいのか、等々。。。



アメリカのカウンセラーのもとに持ち込まれる問題の多くは、お金がらみのことだという。

お金の問題が解決すれば、すべてが解決するというのは思い違いだろうけれど、確かにそれが解決すれば、ましにはなるだろう。


で、お金の問題を解決するためにはお金について学ぶことだ。
それは私がいまやっていること。
お金について学びたければ、お金の専門家に学ぶことだ。

お金について知らないカウンセラーに、お金の問題を相談しに行くより、お金の専門家のところに行ったほうがいいだろう。

日本でも、ロールプレイなどを通してお金について取り組むワークショップなどがある。参加者の多くが、癒しを求めに行ったのではないのに、結果的に「癒された」という。




なんだか話がそれたけれど、両親に子供のころに自分がどう感じていたのか、そしていまは何を思っているのか、そういうことを時間をかけて話していったところ、なんだかちょっとほっとした。



父も母も私のことを大切に思ってくれているということ。


それぞれのひとには歴史があり、いまのその人がいて…

そんなことを思った。




つながってるんだなぁ。
2年後、中崎町のおじぃは
もういないだろう。


100年後、私は
もういないだろう。


でも、私を通してせかいのみる夢はなくならない

また別のひとを通してせかいは夢をみるだろう。
夜、読書をしていると
いつもきまった時間に

窓の外を自転車で

歌を歌いながら通り過ぎていくひとがいる




そのひとの歌はとても上手とはいえないんだけど

むしろすごく音痴なんだけど

とても大きな声で気持ちよさそうに歌うから

思わずこちらまで気持ちよくなってしまう



自分の歌が上手だとか下手だとか

そのひとはまったく気にしてはいないようだ



それが、なんだかすごくいい





そんなことを考えながら

自分の歌を聴いている誰かがいるなんて

そのひとは思ってもいないのだろうけれど
愛にあふれる
あなたが愛の泉になるとき


あなたの周りは潤い

あなたの周りにいのちが集い

その場が感謝と豊かさで満たされるだろう
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